PRODUCTION NOTE

日本国内ロケ

[2010年10月17日(日)〜11月3日(水)]
(麻布十番/六本木/原宿/表参道/虎ノ門/笹塚/飛田給/大泉/町田/上野毛/多摩/神田/横浜/八景島)


向井理、記念すべき初主演映画!
すべては郵便局の「笑顔」から始まった!

2010年10月17日、撮影初日。そのファースト・シーンに選ばれたのは、主人公コータがたまたま立ち寄った郵便局で、学校建設基金の案内パンフレットを目に留める場面だった。午後1時20分、ロケ場所となった町田木曽西郵便局に、準備を終えた向井理が現れる。「(ボランティア基金の)ポスターまであるんだ」と、局内を見渡しながら周到なスタッフの準備に感心して歩く向井は、実は前日に別の映画の撮影を終えたばかり。しかし、そこに日程の慌ただしさも疲れも、そしてこれが初となる主演の気負いもなかった。深作監督が見守る中、偶然にパンフレットを見つけ、興味を惹かれたコータの姿を、向井はできるかぎり自然に、慎重に表現しようと努めた。あたかもパンフレットの表紙を飾るカンボジア人少年、その笑顔に導かれるかのように、コータ=向井理の旅はこうして始まった。

フツーの大学生を生々しく!
向井理が魅せる「もどかしい内気な男」

一連のコータの日常は、東京都内、及び横浜の各所でロケーション撮影された。自室のアパートは横浜・藤が丘にあるマンション、酔いつぶれる居酒屋は虎ノ門、ビラ配りのシーンは桜美林大学の中庭、かおり(村川絵梨)から本田(松坂桃李)との関係を聞かされるお店は上野毛のステーキハウス、そして本田と和解するバスケットボールの場面は味の素スタジアム等々。そのいずれの撮影場所でも徹底されたことが「どこにでもいるイマドキの大学生を、いかに生々しく見せることができるか」だった。しかも、スケジュール上、カンボジアへ行く前と行った後のシーンの両方を先に撮影しなければならない。その微妙な感情の違いをどう自分の中で組み立て、表現すればいいのか。帰宅時の歩き方、部屋の中での表情、息づかいなど、一見何でもなさそうな一人芝居にも向井は細心の注意を払ったという。いわく「いわゆる“演技”をするとダメですね。監督からは“もっとナチュラルに”って言われました」とのこと。その結果、デリヘル嬢(黒川芽以)との心潤う交流を始め、思ったことをうまく言葉に表せない大学生のリアルな姿がもどかしいほどに映えた。無論、ほかの3人の大学生を演じた松坂桃李、柄本佑、窪田正孝も同様に好演で、例えばコータの部屋で川の字になって金策を論じるシーンなどは、原作者の葉田甲太に「本当にあのままだった」と、感慨深げなお墨付きを得ている。

モットーは「ライブ感」!
深作監督のこだわり撮影方法

虚実の狭間をひた走る作品に対して、深作健太監督がモットーとして掲げたのはドキュメント・タッチの「ライブ感」だった。手持ちカメラによる映像に定評のある鈴木一博を撮影監督に起用し、撮影現場では状況に応じて台本の台詞を変え、即興芝居も大いに歓迎した。その好例がカラオケ・ルームを舞台に繰り広げられる「そらまめプロジェクト」の議論場面だ。11月2日午前10時、六本木の有名カラオケ店1階の大部屋を借り切って始められた撮影では、部屋いっぱいに集まったサークル・メンバーの個々に複雑な意見の衝突を求めた。「意見が一極集中しています。言葉が出ない人、頑張ってください!」と役者陣に台詞の捻出を詰め寄るかと思えば、「皆さん、テンポが落ちていますよ!」と議論のやりとりに発破をかけたりと、募金活動における葛藤と疑問を出演者自身のナマの声であぶり出そうとした。1時間に及ぶ「台詞の開発」に、制限時間ぎりぎりまで突き詰める本番。そこににじむ緊迫感とスリル。カンボジア募金をめぐる作品で半端な作品を作りたくない、作ってはいけないという深作監督の覚悟も浮き彫りにされた一瞬だった。  現場で組み立てていくという点では、クラブ・イベントでコータたちが見せる「看護師姿パラパラ」のシーンにも同様のことがいえる。当初、ナース帽をかぶる予定はなく、撮影当日に監督からいきなり着用するように指示されて向井たちは驚いたとか。また、コータたちが下着一枚で仲間に募金を訴える場面では、そのスピーチ内容が向井に一任された。深作演出に応えようとした向井の情熱は、スピーチを聴いた出演者の涙に昇華している。

ダミー献体が圧巻の解剖実習室!
そして脇を固める個性派たち!

11月3日、日本ロケの最終日は、横浜・八景島にある横浜市立大学にて撮影が行われた。献体がズラリと並ぶ解剖実習室はそれだけで迫力満点で、室内に入った瞬間、近藤教授役の阿部寛も向井もその光景に圧倒されていた。無論、献体そのものは撮影のために用意されたダミー人形である。なお、コータたちに学生の本分を説く近藤役の阿部は撮影に入る前、実際にカンボジアに行っているという近藤の過去を吟味し、行動派の近藤らしいカジュアルな衣裳にこだわったとか。向井理とはTVドラマ「新参者」(10年TBS)で共演済みであり、和みと緊張感が絶妙に混じり合った撮影現場となった。  阿部同様、脇で強い印象を放つのが、バーのマスター役のリリー・フランキーだろう。青春映画が大好きという彼も、本作品の持つテイストに惹かれて出演を快諾した一人だ。同じくバーの場面で個性を発揮しているのが、篠崎奈緒役の江口のりこ。「なんだかなぁ」と言いながらコータをフッてしまうユニークな元恋人役について「向井くんはイジワルだから、今度は私がイジめたんです(笑)」と、彼女らしい独特の表現で向井との再共演を喜んでいた。また、イベント場面で登場するパッション屋良は、原作者・葉田甲太らが開催したイベントに実際に芸人として参加した実話の生き証人でもある。

カンボジア・ロケ

[2010年11月8日(月)〜11月25日(木)]
(プノンペン/シェムリアップ)


誰もが思わず絶句した
ポル・ポト政権時代の深い傷跡

首都プノンペンに主要スタッフ、キャストが集合したのは11月8日のこと。葉田甲太も実際に宿泊したという「アジア・ホテル」を拠点に、撮影隊一行は11月12日、ツールスレン博物館、キリング・フィールドというプノンペンでの二大撮影地へと向かった。  ポル・ポト政権下で数百万人もの民衆が虐殺されたというカンボジア。その暗黒の時代に収容所だったツールスレン博物館は、非道な政治の犠牲者の記録を今に残す場所だ。撮影では、俳優たちが収容所跡を順次見学し、反応する様子を3時間連続でカットを割ることなく、そのまま写し取るという方法がとられた。深作監督のモットーがここでも貫かれたわけである。案内役のコー・ブティは実際に葉田甲太の現地ガイドを務めた人物であり、幼少の頃、政府の弾圧で家族を失っている被害者の一人でもあった。今回「少しでもカンボジアの実情が伝われば」との思いで出演を決意したという。  同じくブティの案内で訪れたキリング・フィールドもまた、その名の通り、あまりにもむごい殺戮の原野だった。もはや俳優たちに語る言葉はない。撮影後、山のように遺骨が積まれた慰霊塔を前に、膝を折って拝礼した向井、松坂、柄本、窪田の姿が印象的であった。

エイズ患者役ネアリーの輝きと
象に乗っての世界遺産周遊

11月15日、撮影隊はシェムリアップへとロケ地を移動した。陸路を車で約7時間。着いた先はプノンペンとは打って変わり、観光地として整備された街だった。その一角にあるシェムリアップ州立病院では、エイズ病棟を訪ね、入院患者の一人ソッピアに出会うというシーンが撮影された。ソッピア役のネアリー・チャンは、ブティの推薦によって選ばれた一般女性。貿易会社に勤務し、日本語も堪能な彼女は学生時代のわずかな演技経験しかなかったが、「エイズ問題を訴えることができれば」との動機で映画出演を決めている。矢野(窪田正孝)の心を動かすほどの澄んだ存在感は、映画を見ての通りだ。そして実際のエイズ病棟でも、ドキュメンタリー手法で撮影は敢行された。  また、シェムリアップといえば、何といっても世界遺産にも登録されているアンコール遺跡が有名。撮影隊もアンコール・トム周辺で象に乗って興じるコータたちの姿や、タ・プロームを歩き回るコータの夢のシーンをカメラに収めている。なお、シェムリアップ入りしてからというもの、ほとんど4人で行動する向井、松坂、柄本、窪田たちは宿泊先のプールで一緒に遊ぶことが日課になり、人気繁華街のパブ・ストリートへそろって繰り出すなど、急速に絆を深めていったのだった。

子供たちの笑顔がまぶしい開校式
万感の思いで迎えたクランクアップ「生きる希望をありがとう!」

開校式のシーンが収められたチャラス村は、シェムリアップの中心街から40分ほど車で行った場所にある。201世帯、1247人の村人が暮らす同村には、1998年に建築された小学校があり、それを改修する形で今回の映画では使用している。開校式の場面では実際に小学校に通う児童332人が集められ、向井を始めとするサークル・メンバーの俳優たちと屈託なく遊んだ。ちなみに、撮影当時のカンボジアの平均気温は33〜35℃。直射日光に当たると体感温度で37〜38℃くらいまで上がるため、子供たちと走り回った向井たちが汗まみれになるのは当然のことだった。しかし、本当にアツかったのは現地の人々の温もりだった。本当にまぶしかったのは子供たちの笑顔だった。ここに郵便局で見た笑顔があった。この笑顔にたどり着くまでの旅だった。児童を前にしたスピーチで「生きる希望をありがとう!」と向井は謝辞を述べた。そんな言葉、台本にはない。まさに心の底からにじみ出た、素直な感謝の気持ちの表れだった。  11月25日、向井理、クランクアップの日。仲間の俳優は既に全員帰国していた。主演俳優は、ただ一人、荒れ地に鍬を打ちつけていた。その姿をブティが優しく見守っている。やがて深作監督から「OK!」の声が響くと、夕暮れ間近のオーチュンロンの大地で、向井はスイット少年と共に万感の思いの中に立ち尽くしていた。やがて、乾杯の発声を求められると、ビールを片手に大きく叫ぶのだった。  「ありがとうございました! チョルモイ!」  笑顔が最も映える大地で、向井理の初主演映画の撮影はこうして終わった

銀杏BOYZ&ブルーハーツ 
劇中に刻まれたロック精神に震える!

そもそも原作タイトルの『僕たちは世界を変えることができない。』は原作者・葉田甲太が銀杏BOYZの大ファンであり、原作内容がストレートに伝わるということで同名楽曲を借用したのがきっかけ。その成り立ちからしてロック・スピリットに溢れている。コータの部屋に同バンドのポスターが貼られているのも美術担当がコータを銀杏BOYZ好きとしてキャラクター付けしているのだ。矢野(窪田正孝)がエイズ患者ソッピア(ネアリー・チャン)のために練習し、開校式の児童の前で熱唱する「青空」は、THE BLUE HEARTS(ブルーハーツ)が1989年に発表した人気ナンバーだ。原作者たちは現実にカンボジアの小学校の開校式で「青空」を唄ったのだ。既成楽曲を使用して映画を盛り上げるというような図式に終わらず、確かな語り口の中に社会への叫びがヴィヴィッドかつエッジに刻まれている。